今から10年以上前に僕は新規事業を初めて経験しました。
当時のビジネス経験は1年未満で、全くビジネスというものが分かっていないという状況です。
現在は当社の代表の僕が何を思い、新規事業に取り組み、結果がどうだったのか?を記事にします。
焦る新卒1年目・・・このままじゃダメだ
新卒で入った会社は、某上場企業(8000人位いたような)でした。
諸々の事情がありベンチャーは辞めて大手に就職したわけですが、入社してそうですね、1ヵ月以内に思った事「ここでは、、ダメだ。。」でした。
満員電車は嫌だ
社会人1年目、当然のように満員電車に揺られ僕はこんな事を思いました。
「こんな生活を定年まで続けていくの嫌だ」
まぁでも独立したいみたいな明確な意思もなく、なんとなくこれは嫌だみたいに思いました。
ここでは嫌だと思った理由とは?
- 1つとして、上の層のビジネスレベルが低いと感じた点
当時ドラッカーなどの書籍を読んでいたのですが、先輩や上司がドラッカーやコトラーを知らなかったので驚愕でした。
まぁその業界ではあまり触れないのかもしれません。
- 2つ目として、若い方がコアとなる通常業務は出来るなと感じた点
その業界での日常業務は若い方が出来ると思いました。
そうなると年齢を重ねるほど、違う分野で卓越していかないといけないのですが、それは厳しいな、、、と感じました。
- 3つ目として、居心地の良さです。
そうはいっても上場企業。とても良い扱いをされます。その会社はパートやアルバイトも多かった為、女性にモテます。上司や先輩はモテてます。
このままいると、、、、、ダメになる。そう思いました。
友人に誘われセミナーへ!そして退職
そんな中、友人に某セミナーを勧められます。夏の出来事でした。
「おまえのやりたいこと、●●なんじゃない?」
当時同期との成長度合いに不安も感じていた事もあり、セミナーに参加。
そこで、、「おぉー、これやりたい」と思うようになります。
上場企業を7か月で退職
その業界を知るに従い、そっちがやりたいと思います。まぁただ半年はやってみようと、その大手企業でも頑張ります。
ちなみに結構楽しかったんです。人も良かったんです。
でもさっきも説明した通りで
「このままいると、辞めれなくなる」
「だったら、辞めちゃう方がいいのでは??」
自分の意思が強固とも思わなかったので、優しい環境にいると辞めれない。そんな焦りがありました。
退職する
そんな感じの勢いで辞めちゃいます。とりあえず、転職活動しないといけません。
その業界や他ベンチャーの転職活動を受けます(ここで他ベンチャーを受けてた理由は謎です)。そんなこんなで社会人1年目の年末は無職のまま過ごします。
スーパービジネスマンと出会う
そのセミナーを機に個人的には、その事業や業界に興味を持ち、調べたり、お金を支払い参加したりします。色々調べる中で自分でも知見がたまり、将来こんな未来があり、こんな事をしたいと漠然と思うようになります。
そんな中、年始に友人がすごい人がいるので会わせたいといいます。
土曜の昼に会う
土曜の昼に会うと、そのスーパービジネスマンはちょっと遅れます。
スーパービジネスマン「あーごめん、ごめん、朝まで仕事してた、シャワー浴びてきた」
自分:「朝まで。。。」
その後寿司屋にいく
スーパービジネスマン「君はどんな事やりたいの?」
自分:「●●がやりたいです」
スーパービジネスマン「でもそれってさー、●●」
自分:「やばい、俺の2手、3手先をいっている。すげー」
スーパービジネスマン:「一緒にビジネスやろうよ」
スーパービジネスマン:「今、新規事業練っているから、うまくいったら正社員、潰れたらクビって面白くない?」
自分:「なるほど、、(いきなり正社員じゃないのね。。。)」
自分:「えっでも5社位内定があるので、ちょっと悩んでいいですか?」
スーパービジネスマン:「了解」
なぜかやることが決まり、新規事業に参画することになる
5社内定があり、数社は30万程度の打診もあり、新卒の僕は悩みます。お金だとこっちだな、しかしやりたいことはこっち、、これはアルバイトだからなー。友人はその会社の正社員だったのですが、いきなり電話がかかってきます。
友人:「●●(自分のニックネーム)、●●さん(スーパービジネスマン)会社でおまえくるって発表してるけどOKだしたの?」
自分:「いや、全くアクションしていないですけど・・・」
友人「もう決まったこととして、周知されているよ」
自分:「何、これがベンチャーの巻き込み力か・・・」
という事でしぶしぶ5社の内定を断り、新規事業をやることが決定するのでした。
見ての通りの予期せぬ展開で最初の新規事業への参画となりました。
ちなみに営業マンとしての新規事業でしたが、当時営業経験は0でさっぱりわからないままの参画となりました。
その2週間後から開始される新規市場。恐ろしい状況からの開始とはその時の自分は知る由もなかったのでした。
さて、社会人1年目の新規事業がスタートします。
右も左もわかりません。
当時の新規事業メンバーは自分をいれて5名でスタートです。内訳は学生、インターン生、スーパービジネスマン、社会人1年目のその会社の正社員でした。今思えば恐ろしいメンバーでも新規事業ですね汗
ちゃんとした人は、スーパービジネスマンしかいないわけです。。。
まずは午前中研修
午前中は、優しくそのスーパービジネスマンのコンサル営業のやり方講座です。
社内でもその方は影響力があるらしく、あの人の講義受けられるなんて羨ましいといわれていました。ふーん、そうなんだという感じが感想でした。今思えば、そのスーパービジネスマンの方は、書籍も販売しているし、法人化もしているし、テレビにも出ているので、言葉通りスーパービジネスマンでした。
コンサル営業とは?
その方からコンサル営業とは?という講義を受けました。
実は今でも僕の営業スタンスはその方から学んだものです。
その後も営業の書籍は50〜70冊読みましたが、そのノウハウから逸脱したやり方でしたが、自分にはそのやり方がしっくりきました。恐ろしくロジカルで、自分のペースでやっておりビックリした営業手法でした。
午後は、テレアポスクリプト作りとテレアポ
いよいよ、午後からテレアポです。僕は学生時代、テレアポバイトを少しやったので、抵抗はそこまでありませんでした。
しかし違ったのは、「テレアポのスクリプトを作ってね」でした。
なぬ、、、もらえるんじゃないの??作るの???
という風にも思いましたが、ベンチャーの新規事業はこんなもんなのか?と思い作り出します。
いよいよテレアポ
社会人1年目の方から
先輩:「レモネードとレモンティーどっちがいい?」
自分:「何が違うんですか?」
先輩「優しいか厳しいか」
自分:「そりゃやさしい方が・・」
まぁその質問する時点で、厳しいだろうというのは今思えばわかります。でいきなり、その方が1回見本を見せてくれテレアポ開始です。自分で作った自分たちのテレアポスクリプトでの新規事業での架電です。焦りまくりながら電話します。当然リストも自分で作ります。
そして夜に続く
さて夜になりますが、当時ベンチャーは24時間働く的な風潮があり、僕も帰れない覚悟でいっていました。ですので、当然、20時位から反省会です。
先輩「今日どうするの?」
自分:「終電位で帰ろうかと」
先輩:「インターン生の●●の家で泊まろうよ」
自分:「はい」
そして彼の家に家の主いれて4人で入ります。
しかし布団は2つしかなく、主が1つ、残り1つを3人で寝るというカオスな状況。右に寝がえり打つと上司、左の打つと、学生。。。そんなカオスの中寝ながらの営業ロープレが開始されます。
先輩社員:「お世話になります。。。。」
自分:「私、●●の。。」
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・
やりとりを繰り返すと、先輩社員からの声が消えます。。あっ寝た。よし自分も寝よう。。こんな感じの初日ロケットスタートをするのでした
僕のルーティンをまとめると
午前:テレアポ
午後:テレアポor営業訪問
夜:リスト作り、テレアポ練習、営業練習
深夜:インターン生宅に泊まる
こんなデフォルトの新規事業ルーティンでした。
※ちなみにスーパービジネスマンは、新規事業のほとんど関わらないということを
新規事業2日目にして気付きました。
さて、前回の記事で書いたようなルーティンで新規事業を続けてました。確か当時の目標金額は2ヵ月で30万の商品を10件売る事だったと記憶しています。毎週2回から3回泊まり、それ以外も夜遅くまで作業をして、取り組んだ新規事業ですが、結果としてどうだったのでしょうか?
初めての新規事業の結果は??
結果は・・・・
新規開拓0件・・・・
全メンバーを合わせて新規は0件という結果でした。。
残念。。。
次々に辞めていくメンバー
1番最初にインターン生が海外旅行に行くという理由と元に離脱「これ絶対うまくいかないってーー」こう一言残し去りました。
次に学生の営業コンテストで優勝した学生ですが、「僕は飛び込み得意なんですけどテレアポは・・」と残し去りました。
後に聞くとその彼は当時鬱になったと話していました。でスーパービジネスマンは当時他事業で参加はせず、先輩上司と2名での新規事業となっていました。
眠すぎてmtg途中で寝てしまう始末
やはり泊まり込み&1つの布団で複数人に冬寝るといったことは正気の沙汰ではありません笑
ですので、体力的にも限界を迎えてきており、僕は会議中に寝る事もありました。よくトイレで仮眠していたことは言うまでもありません。
時給確か700円以下だった気が・・・・さらに上限あり
確か当時時給で700円だった気がします。なので貯金はなくなり、借金生活に突入したのもこの時かと思います。
どんなに夜働いても18時以降の時給は当然出ません。。
新規事業は結局どうなった?
その会社は設立年数がある程度あったので、社長の知り合いで集客して新規事業であるイベントを開催しました。
その中には今上場している企業があったことも記憶しています。
当時は全然の規模の会社でした。そんなこんなで新規開拓は0社、既存の社長のコネで10社程度という完結を迎えた惨敗の新規事業でした。
今振り返り何が足りなかったのか?
では、今思うとその事業はなぜ失敗したか?
分析してみることにします。
- 期間が短い
- ターゲティングが定まっていない
- フロント商材がない
上記の3点です。
3C分析に置き換えると、
- 市場はある。
- 競合は少ない。
- 自社の組織能力は高い。
4Pに置き換えると、
- ターゲットとポジショニングが甘い
- プロモーション手段が少ない
- プライシングが期間と連動せず
上記が簡潔にまとめると足りない点でした。
期間が短い
なりよりスタートして2ヵ月(正確には1ヵ月半弱)しかなかったという事。
これが4か月あれば、そうですね、7〜10社程度はいけたとは思います。
何せそのイベントは社長を招致するか、人事を招致するイベントでした。
スケジュールを1日に合わせるなんて事を考えると明らかに期間が短いです。
また当時同様のイベントをしている企業は数社しかおらず認知率も低かった事もあります。
商品ライフサイクルというものがあるように、2ヵ月であれば成長期の後半のビジネスモデルでさらに最安値にするべきでした。
しかし最高値で認知も足りないので、当然「何その商品??ちょっと検討するね」ってなりますよね。
ターゲティングが甘い
営業未経験なもんで、とにかく電話していました。
社長は朝8時にはいると8時から電話した時もあります。しかし朝8時にいる社長でさらに電話に自分で出る社長なぞベンチャー社長位です。大手や老舗企業で自身で電話に出る社長はほとんどいません。なのでとにかく架電しているので、当然無駄な電話ですよね。
当時のターゲット層は50人以下のベンチャー企業だったと思います。なのに大手や老舗にも電話している時点でずれています。
フロント商材がない
その事業自体を実現させる実績がその会社にはありました。
なので実績動画などは相当響いていたのを覚えています。
むしろ営業プレゼンより動画をみてそちらに興味もっていただいた記憶もあります。
だったら、フロントエンドでそういった商材を用意してまず啓蒙するというフローがあっても良かったと思います。上記が理由で1回目の新規事業はなんとも惨敗も結果でした。
初めての新規事業で得たもの(番外編)
さて新規事業の結果は上記ですが、
それ以外に得たものが数点あります
- 組織とは?
- 人とは?
- 生産性とは?
上記3点です。
組織とは?
惨敗した私ですが、死ぬ気で働いていた事もあり、既存事業であればそのまま正社員にしてあげるよといわれました。
僕はとても嬉しく快諾しました。入社の準備も完了し、いよいよ正社員だーと思っていました。しかし新規事業も波に乗りそうなので気になっていましたそこで先輩社員に相談しました。すると、やはりもう少しだから頑張ってほしいといわれました。
その期待に答えようと入社2日前に社長に「新規事業をやり続け、目標を達成したいと伝えました」といいました。というか社長を含め同期になるはずのみんながいる前で発言しました。
すると、、、、前日専務に呼ばれ「内定取り消し」といわれました。
理由は「組織で一番偉いの誰かわかっている?」とのことでした。
まぁごもっともですが、ここで入社前日にて内定を取り消しになるというウルトラCを受けました。帰りの道中、泣いた事はいうまでもありません。
人とは?
内定取り消しになり、落ち込んでいました。
そこでラーメン屋にいくと、同期になるメンバーが僕を見て、「ファイトファイト、前向きにだよ」みたいな能天気な言葉を投げかけてきました。
僕は、かなり落ち込んでいたのですが、その子の意見を聞きポジティブってこうゆう事なのかな?自分がネガティブなのかな?と思いました。しかし同時にムカ??とした気持ちもありました。
数年して、その子が僕より軽度は事件に会社で会いました。するとどうみても僕より軽度なのに、死ぬというほど落ち込んでいるという事を聞きました。僕は、この子終わっているなーと思うと共に、人の気持ちがわからない子なんだなーと人を知りました。
また当時のスーパービジネスマンも先輩社員も、社長に内定取り消しを取り消すよう直談判してくれましたが、結局組織は変わらずという結果になりました。人と組織について学びました。
生産性について
生産性については、やはり人は寝るべきで、労働時間は適度であるべきだなー泊まり込みは生産性が下がると思いました。
その後も20代は終電間際までやることも多かったですが、明らかに労働時間は減る方が生産性は上がります。
初めての新規事業まとめ
結果的に、初めての新規事業は惨敗しました。
借金は80万円残りました。
屈辱感と敗北感を感じた初めての新規事業です。
これ以降3年間位、自尊心は下がった記憶があります。
僕の新規事業は得た経験は、今振り返ると多いですが、当時はなく、敗北感と自尊心の欠如、屈辱感と人間不信というネガティブオンパレードのまま幕を下ろしました。